2009年8月28日金曜日

生きる目的 Part2


Part1

続いては国家レベルと書いたんだけど、その間の重要なレベルを忘れてました。
人間社会というレベルです。

では、人間社会とはどうやって構成されてきたのか。
とりあえず要約してみよう。

まず、猿が二足歩行になり脳が進化することで高次元の知能を手に入れ、人となった。
そして、その知能を使い、言語や道具を使うことで群れを社会とし、現在の発展を導いていったと
まぁこんな感じ。


そして、その過程において、動物との格差を広げた大きな要素はなにかと考えたとき、
遺伝情報以外に知識や遺産を後世に残す術を確立したことが第一に挙げられるんじゃないかな。

それにより、動物は遺伝情報と、精々、巣や縄張り程度しか子孫に残すことが出来ず、
社会や種としての進歩や拡大は人間に比べ非常に非効率であるのに対して、
人間は様々な情報や遺産を常に最新化して子孫に残すことにより、
非常に効率的かつ加速度的に進歩し、地球全土でもっとも繁栄する種族になったと言えると思う。

つまり、人として人間社会を今以上に継続的に発展させるためにやるべきことは、
子孫に対して過去よりも有用で効率的な知恵や、大きな遺産を残すことが
一つの重要な要素になる。

つまり、簡単に言えばこうだ。

子供を育て、高次元な教育を与えて少なくとも親を超える存在にする。
また、子供が効率的に様々なことを成し遂げるために必要な遺産を残す。

それが出来れば、一個人としての役割を真っ当したと言えるのではないかと考えている。


ただ、一つ懸念点がある。

人間社会が発達するにしたがって動物よりも劣っていったのではないかと常々思っていることなのだが、
それは進化の速度だ。

ダーウィンによれば、動物は遺伝情報が優れたものだけが生き残り、その他が淘汰されることにより、
環境に適応し、日々進化をしている。

しかし、人間はどうだろう。
優れたものが生き残り、そうでないものが淘汰される。
そんなことを推し進める政策は、正常な国家であればまず否定される。

また、優れた人間が子孫を多く残すのかと言えば、個人主義が台頭する今、
そんな原則は全く成り立っていない。

よって、人間は多様化しているが、それが効率的な進化には必ずしも結びつかないと言えるのではないか。


では、どうしたら人間が遺伝レベルでポテンシャルを上げていけるのか?
方法は大きく分けて二つ考えられる。

一つは、優れた遺伝子を持つものが出来るだけ多くの子孫を残していく方法。
もう一つは、多様性を極め、様々な混血の中から突然変異的にスーパーな人間が生まれ、
その人間が社会構造を大きく変えるほどのインパクトを持って広がっていくことだろう。


そう結論付けたとき、一つの疑問が浮上する。
俺の遺伝子っていい感じなの? ってことだ。

答えは「わからない」だ。

学力、体力等のポテンシャルは、世界全体で見て、平均以上だろうとは自負してはいるものの、
特に飛びぬけたレベルの性能はない。

つまり、前者の方法での進化を効率化する場合、自分の遺伝子が必要な可能性はそれほど高くないだろう。


じゃぁ、子供なんて育てないほうがいい?


答えはNoだ。

なぜなら、二つ目の可能性を俺の遺伝子は持っているはずだし、知識や遺産という先ほど説明したケースを考えても、後世に残せるものはあるんじゃないかと思うからだ。

だからこの懸念点を踏まえても答えは変わらない。

俺は子供を育て、高次元な教育を与えて少なくとも親を超える存在にする。
また、子供が効率的に様々なことを成し遂げるために必要な遺産を残す。

それが人間社会に対して俺の生きる目的だ。


To Be Continued....

書いてみると長いなぁ・・・

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