2011年8月16日火曜日

借りぐらしのアリエッティ

久しぶりのジブリ映画。ご存知の通り、小人のアリエッティが人間の家で「借り暮らし」をする様子を描いた作品だ。

 まずジブリらしい絵作りと美しい世界観。なにより小人の世界の表現がすばらしい。特に音響効果が良い。小人が聞いている音を誇張して表現しているのだが、その迫力はかなりのもの。
是非、映画館や多チャンネルのホームシアターで見てもらいたい出来だ。

 そしてストーリーの感想だが(多少ネタバレ注意)この作品が訴えているのは人それぞれの善悪とそれらの鬩ぎ合い、そして共存だろう。
アリエッティの家族は「借り暮らし」と言って人からモノを盗み、その盗んだもので豊かな生活を送っている。このことは野生で生きているスピラーの登場によってさらに誇張されている。

アリエッティは「借り」について小さい頃から憧れを抱いており、「借り」に対してそれが「盗み」と同義で悪いことであるという認識そのものがない。
だからこそ、翔に「私たちは借り暮らしをしているのに、あなたのせいで出て行かなければならない!」などと言うときも自分が悪いという認識は全くないのだ。

 そして翔はアリエッティに対して好意的で、庇護したいという考えを持っているが、同時に「小人は滅びゆく種族だろう?」とも言い放つ冷たい側面も持っている。
心臓病で恐らく死んでしまうと考えている廃退的な自分と同様、滅び行く種族であろう小人。それに対する自己愛にも似た利己的で責任に欠けた良心により、結果的にアリエッティたちを危険に晒し、家から追いやることになるわけだ。 

また、お手伝いのハルさんは一見、小人を捕まえようとする悪役に見えるがそうではない。
彼女がしているのは行動は昆虫採集と同じで単に好奇心から来ている他種族に対する思いやりのない行動だ。
これは相手が小人で人間と同等の知性を獲得していることを除けばごく普通の人間の行動だ。
 このように、登場人物それぞれに善悪の軸があり、それらが絡み合って世の中が出来ているということがこの物語の意図するところだろう。 

そしてエンディングでは、それまでアリエッティを捕食の対象としていた猫が、アリエッティとアイコンタクトをすることで状況を理解し翔を呼んでお別れをさせる。
猫も、自分より小さい動物を捕食することは当然悪いと思っていないわけだが、相互の立場を感じ取り、理解することで和解は可能だということがこの場面が訴えていることだろう。ここでもスピナーは一度翔に向けた矢を収めることで、そのことをさらに誇張する役割を担っている。

 アリエッティは単純なファンタジーとしても楽しめるが、こうやって深読みしてももう一度楽しめる。そんなジブリの魅力が色濃く出ている作品だった。

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