2011年12月24日土曜日

私の東日本大震災 1

2011年、日本は本当に大変な一年になりました。
年末になったので、この震災を忘れないように、当時書いておいた記事をブログに載せておこうかと思います。


2011年3月11日(金)14時46分。
日本の歴史が大きく変わった瞬間だった。
東京でも震度5弱。
関東大震災以後最大級の震度だった。

揺れはじめは小さな縦揺れで、
それが直下型の地震が離れた位置で起きたことを示唆していた。
しかし、本震が来るまでのディレイが長かったので、
まさかあそこまで揺れるとは想像出来なかった。
それから数分間大きな揺れが続き、
恐らく震源は100km~200km離れたところだろうと予想した。

揺れが収まったところでビルから避難する最中、
この地震が岩手の沖合いで起きたことを知った。
震源との距離は約400km。そして震度5弱。戦慄した。
そう、あの初期微動の長さは正しかった。

そしてこの情報は東北地方に想像も出来ないほどの
打撃を与えていることを告げていた。

渋谷の路上はビルから避難してきた人で埋め尽くされていた。
そして上司が状況把握と今後の対応について協議しているころ、第二波が来た。
今度は茨城だった。東京では第一波と同レベルの揺れを感じた。

その前や後にも大きな余震が何度もあり、止まろうとしない。
地震に相当慣れている日本人だが、理解の範疇を大きく超えていた。

JRを含む電車は全てストップし、携帯での電話、メールも繋がらなくなった。
ネットやワンセグでの情報収集が可能だったのが救いだ。

余震が収まったころ、ビルに戻り、携帯を充電してから家を目指して徒歩で帰宅した。
出来るだけ早く家族の元に戻ることが私にとっては最優先事項だった。

帰路の東京はまさに非常事態の様相を呈していた。
JRの駅は全て閉鎖されシャッターが閉まっている。

道には徒歩で帰宅する人が溢れ、主要道路は車で埋め尽くされてすさまじい渋滞になっている。
量販店の自転車は全て売り切れ、多少郊外にある自転車専門店では
夜を徹して営業するしかない状況で、納車に2時間掛かるという。

午前3時に帰宅しその日が終わった。
まさか次の日からこれほどまでに日本が変わってしまうとはその時はまだ想像出来なかった。

次回に続く。

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