2011年12月24日土曜日

私の東日本大震災 2


3月12日(土)

朝起きてニュースを見ると、真っ先に飛び込んできたのは、「壊滅」という言葉だった。

戦争のニュース以外でこの単語を聞いたことがないし、
まさかそこまでは。と思っていたが、実際の映像を見ると
「壊滅」という表現が正しいことがすぐに理解出来た。

死者は数万人オーダーになることは残念ながら直感的に分った。
しかし、ニュースでの死者・行方不明者数が非常に少ない。

つまり、一晩経っても状況把握すら全く出来ていないということだ。

さらに、原発がダメージを受けていることが大きく報じられる。
福島第一原発の一号機は爆発した。
テレビの解説をしていた専門家が青ざめる。

背筋が凍った。


最悪の場合、東京を含めた東日本が致命的なダメージを受けて、
日本が破滅するシナリオすらありえる状況だった。


3月14日(月)

月曜になっても電車はまだ回復しない。
動いている線路もあるが、この日の出社率は50%程度だったようだ。

被災地の打撃がどれだけ致命的かの報道よりも原発の報道でテレビは埋め尽くされていた。
この日、プルサーマル計画を実施している福島第一原発の3号機が爆発した。

冷却のコントロール状況もどんどんと悪化していき、
最悪の事態が「もしかすると」という確率ではなくなっていることは
素人にも明白だった。

関東地方への電力供給も需要を賄えないレベルに低下し、計画停電が実施された。
計画停電に備えて車用バッテリー、充電器、インバーターを揃える。

マスコミは未曾有の打撃を受けた東北地方の報道よりもずっと長い時間を原発の問題に当てている。
津波での被害規模が大きすぎて、支援や救出に行くどころか、全容すら把握出来ていなかったからだ。
また、家屋は倒壊ではなく、津波で流されている状態であり、それに巻き込まれて助かる人の数は
非常に少ないことが段々とわかって来た。


3月15日(火)

震災後初めて出社。余震は依然として続き、原発は2号機までもが吹き飛ばないものの爆発。
4号機には火災。これで1~4号機すべてに大きな異常が発生したことになる。
どれか一つでも格納容器に致命的なダメージが生じれば、冷却作業が全てに対して実施困難となるわけで、
ほとんど手の施しようがなくなる。まさに綱渡りが続いていた。

次回へ続く

0 件のコメント: